HERITAGE RECORD

南禅寺

南禅寺大殿は山西省五台県李家荘にある。大殿の梁下に「大唐建中三年……重修殿」と墨書があり、明確な紀年をもつ中国現存最古の唐代木造建築の一つである。1953年修繕前の調査写真は、前面軒の扉窓・軒の出跳・架構の細部がなお唐代原構の情報を保持していることを示す。

時代
地域
山西
LOCATION
山西省五台県
READING
15 分で読めます
南禅寺 - nanchansi old 01
nanchansi old 01 IMAGE ARCHIVE · 01

概要

南禅寺大殿の年代は、梁の裏側に残る一行の墨書に繋がっている。西側の四椽栿下の題記には「旧名に因り、大唐建中三年歳次壬戌……重修殿 法顕等謹んで志す」とあり、建中三年は西暦782年——五台県李家荘にあるこの小さな殿を、明確な紀年を持つ現存最古の唐代木造建築の一つとする。

『清涼山志』は代宗が五台の文殊殿を詔修し、銅を鋳て瓦とし一丈六尺の像を造ったと記す。この記事は李家荘の南禅寺を直接指すものではないが、建中三年前後に五台山一帯で唐の帝王が文殊信仰建築を崇建していた背景を示す。大殿そのものを確定するのは、やはりあの墨書題記——一行の字が建築と年代を釘づけにしている。

1953年の調査写真は修繕前の状態を記録に残した。前簷の門窓、屋根の出跳と構架の細部が、修繕前最後の姿でレンズに収められている。

歴史文献

唐建中三年の墨書題記

因旧名峕大唐建中三年岁次壬戌月居戊申丙寅朔庚午日癸未时重修殿法显等谨志

旧名による。大唐建中三年、歳次壬戌、月は戊申に居し、丙寅朔の後の庚午日、癸未の時に大殿を重修した。法顕らが謹んでこれを記す。

南禅寺大殿西側四椽栿下墨書題記。張栄ほか「南禅寺大殿重建背景、材分営造制度分析」『建築史学刊』2022年第2期による

『清涼山志』の五台文殊殿造営

代宗广德元年十一月,土番陷京师,帝在华阴,文殊现形,以狄语授帝。及郭子仪克复京师,驾还长安。诏修五台文殊殿,铸铜为瓦,造文殊像,高一丈六尺,镀金为饰。

代宗広徳元年十一月、吐蕃が都を陥れ、皇帝は華陰にいた。文殊が姿を現し、狄語で皇帝に教えを授けた。郭子儀が都を回復し、車駕が長安に戻ると、詔によって五台文殊殿を修め、銅を鋳て瓦とし、高さ一丈六尺の文殊像を造り、鍍金して飾った。

*Qingliangshan Zhi* (Gazetteer of Mount Qingliang), juan 4, “Imperial Construction, Part Five”; selected by Shi Zhencheng of the Ming and collated by Juyong of the Qing

古写真

1953年

中国長城遺産網が查群「南禅寺大殿兩次修繕方案對比研究」を転載した際、1953年の南禅寺大殿調査写真を掲載し、中国文化遺産研究院所蔵と記した。以下の二枚はウェブページの余白を切り取り、写真画面そのものを残したものである。

関連資料